第17話 小学校入学~登校班 筋ジストロフィーの息子と共に生きる父のブログ

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筋ジストロフィーの息子と共に生きる父のブログ 第17話

ふー君 小学校へ

色々あった保育園生活も終わり、春休みも終わる。

支援学校に進学する事はあまり考えてなかった。

保育園からのルートで 小学校と入学前に相談する事ができたからだ。

とりあえず決まっているのは 支援学級に籍は置くけど 授業はみんなと同じように受ける。

支援学級に籍を置く事で教員の増員を要請できるという事だった。

できる事は自分で!

が、方針なので今のところはそんなに手はかからないかな…ってのが率直な気持ちだった。

ちょうど入れ替わりに卒業していった車椅子の先輩がいた。

同じ病気ではないけど車椅子を使用して学校生活を送ってたそうだ。

卒業したばかりということで、教員や職員の方々も慣れた様子だった。

あぁ〜こうして 先輩が作った道があるんだな。

次のふー君がその道をもっと進みやすくして、また次の子がまた良くしていく。

そうして車椅子や色々な問題を抱える子達が、同じように学校に通えるようになるといいなと思った。

ランドセルって重い

少しつま先歩きには なっているが、歩くことはできる。

走るのは本人は走っているつもりだけど、 ん〜と 早歩き?って感じかなぁ。

転んでも まぁ特有の立ち方はするけど 立てていた。空のランドセルを担いで 座った姿勢から 立ってみる。

空ならできる!

試しに家にある雑誌を詰めて やってみる。

めっちゃ時間かかるけど できる!

これを良しとするか 悩み所(笑)

まぁ悩んでも仕方ない。当たって砕けろだ。

そんなこんなで入学式を迎える。Daddyはまた仕事なので ママちゃんに託す。

肝心な時にいつもいないよね汗 ごめんなさい。

かめはめ波は でませんよ^^

クラスは1年2組。若い女の先生。

心配していた保育園からのお友達は みんな違うクラスだった。

ただでさえ、公立の保育所出身で少数派なのに、誰も同じクラスじゃないなんて………
ふー君は笑顔でママちゃんに手を振ってワクワクしていたけど、がーーーん だったのはママちゃんだったみたい(笑)


大半の私立保育所&幼稚園組のママさんたちは トークに盛り上がっていて、教室の後ろのママちゃん 

ポツーン…

だったらしい(笑)
仕方がないから、ウォッチングを楽しむ事にしたようだ(笑)

仕方ない。そういう運命なのだ(笑)ダメージを受けたのはママちゃんだけだったみたいだし、切り替えて行こう(笑)

ふー君 初登校班

担任の若い女の先生はハキハキとよく喋りよく動くイメージ。

そういう先生のほうがいいなと素直に思った。

クラス別に写真を撮るために、運動場で並んでいると女性の先生が見守るようにすぐ横に。

えらく ふー君に声をかけてくれる先生だな と思っていたら その先生が支援学級の担任の先生だった。

そして通学の話

無邪気なふー君 頑張れよ~1年生!

学校へ通う登校班がある。

住んでいたマンションから歩いて200mぐらいの所が集合場所だった。

一緒の保育園の子は もちろん居なかったけど 登校班の上級生のお姉ちゃん達がよく面倒を見てくれた。

最初の数回 集合場所に一緒に行き ふー君の様子を見る。

チラホラ現れる他のママさんにも しっかり挨拶をした。

病気の事は もちろん言っていない。

ふー君の学校は 行きは集団登校、帰りはバラバラで帰ってくる。

行きは集団登校なので 転んでもなんとかなると思っていた。

心配なのは帰り。

重いランドセルを担いだまま 起きれるのか等 毎日心配だった。

すけまるが生まれたばかりで ママちゃんも家にいるし なにかあっても 大丈夫だろうと思ってた。

登校班で通学するようになって 毎日少しずつ隊列が変化していく。

ふー君が前になったり後ろになったり 知らない所で色々あるんだろうなと 想像できた。

朝の通勤時間を調整したりして、後ろからコッソリ毎日途中まで覗いていた。

そんな事するなら 付き添いしろよ なんて自分にツッコミを入れながら 様子見をする。

転んだシーンも目撃する事もあった。

登校班の列が止まり頑張って立ち上がるふー君。

みんながそれを待っている。

駆け寄って立たせてあげようか 何度も何度も思った。

上級生の男の子がふー君のランドセルをキックするシーンもあった。

その上級生の男の子達は、同じ登校班のお姉さん達から先生に報告され キツく叱られたらしく、その日に先生から すいませんでした とママちゃんに連絡があったらしい。

登校班のお姉さん達は、

『あんなに何度も転んでも泣かずに起きて すごいですよね。』

と言ってくれていた。

当時 そのお姉さん達は小学三年生くらい。

しっかりした子達だったなぁと思う。

ふー君の世界

家を出た時から ふー君の世界だ。

腹が立って腹が立って仕方がなかったけど 世の中には いい人も悪い人もいる。

いい事も悪い事もなんでも経験して欲しいと思ったし できるだけ自分で乗り越えて欲しいと思っていた。

なんでもかんでも助けてはあげられない。

大人になった時に ちゃんと人と繋がれるようにと決めたからだ。

できる事は自分で!

できない事は手伝ってくださいと 言える人になって欲しい。

厳しいのかも知れないけど 治ると信じているから

助けてあげたいけど 手伝ってあげたいけど 我慢するのだ。

しかし理想と現実は違う。

ふー君の登校班が学校に着くのが遅いと言う話が出てきた。

原因はおそらくふー君だと思った。

下校時もクラスで仲良くなった友達と方向が同じという事で一緒に帰る友達が数人できた。

最初の頃は一年生ということもあって、担任の先生がこっそり後ろから後をつけて見に来てくれていた。

担任の先生には病気の事を学校側から伝えてもらってたみたい。

家が同じ方角の 数人の友達と、それはそれは楽しそうに帰っています。

と言う報告も受けていた。

嬉しかった。

でも、しばらくしてその内の1人の友達の保護者から学校にクレームがあった。

内容は 寄り道をしているのか帰ってくるのが遅い。

保護者には ふー君の病気の事は話してなかったし ふー君が悪いとは思ってなかったと思う。

ただ普通に授業が終わったら、遊びながら帰らせずに さっさと下校することを指導して欲しいと言う事だった。

もちろん寄り道も原因の1つだったけど ふー君の歩くのも確かに遅い。

本人は楽しそうな様子だったみたいだけど、友達は早く帰らないと怒られるし

でも ふー君は遅いし…

困らせちゃったかな…

できれば 登校班で登校させたい。

友達とワイワイ帰ったり下校したりをできるだけさせてやりたいと思ってた。

でも もうこの時点で登校班のメンバーにも 帰りの友達にも迷惑をかけている。

他の子に迷惑をかけるなら話は別だなと思った。

登校班からの離脱

学校からも送迎して欲しいと話があった。

夏休み前から 朝の登校はDaddyが自転車で乗せていく事になった。

ふー君を自転車の後ろに乗せて学校に送り届ける。

校門までは支援の先生が来てくれていた。

学校での様子や家での話を軽く話すようになった。

送り届けたあとDaddyが通勤途中に登校班とすれ違う。

ふー君のいない その光景が少し寂しかったな。

下校は、すけまるをおんぶして、ママちゃんが迎えに行く事になった。

できるだけ、歩けるうちは歩いてほしいと、ママちゃんは自転車を押しながらふー君に 横を歩かせる。

いつも一緒に帰る数人の友達が、横について歩いてくれていた。

『早く帰らないとお母さんが心配するよ。ふー君のことは気にしないで良いから先に帰ってね。』

とママちゃんが言うと、

『ふー君と一緒に帰りたいから』

と言ってくれるお友達。

優しいその男の子は、小学生時代 本当にふー君に優しくしてくれた。

その男の子のママも、ふー君の身体のこと全く聞いてこないのに、黙って気にかけてくれるすごく素敵な人だった。

でも、ふー君に合わせて歩くと、やっぱり下校に時間がかかるので途中から自転車の後ろにふー君を乗せて、ママちゃんが 自転車を押しながらお友達と帰っていたそうだ。

雨の日も風の日も、今となっては良い思い出だけど、当時は辛い気持ちもたくさんあった。

周りと同じようにさせてやりたいと強く思い、必死だったな。

幸い ママちゃんとも価値観がそれほど違わず、同じ方向を向けていたと思う。

これで良いのかなと、何度も考えてママちゃんと話し合った。

まぁ子育てなんて何が正解かなんて分かんないよね(笑)

頑張って歩いて何度も何度も転んだふー君

傷だらけの膝小僧がたまらなく好きだった。

明日も頑張って歩くと言うふー君が大好きだった。

入学〜登校編でした。

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